根拠はないけど、そう思う

折口信夫にはまったものの、推し方がよくわからない…

いしかわ百万石文化祭2023 羽咋市国民文化祭① 特別展『折口信夫がのこしたもの』

 今年は国民文化祭が石川県で開催され、羽咋では折口信夫万葉集、UFO、砂像をテーマに様々なイベントが行われています。

 

 今年1月に折口先生の短歌や掛軸の寄贈がニュースになった際に、秋に羽咋で何かがあるらしいことを知りまして、6月の碑めぐりウォーキングでチラシをいただき、迢空文字解読の特訓をしつつ、ずっと楽しみにしてきました😤

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【いしかわ百万石文化祭2023 羽咋市国民文化祭 関連記事】

  1. 特別展『折口信夫がのこしたもの』
  2. 万葉集特別公開授業『生き方の歴史~万葉集、羽咋、そして折口信夫~』

 

【目次】

10月14日(土)~11月26日(日) 特別展『折口信夫がのこしたもの』

場所:羽咋市歴史民俗資料館

 

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 羽咋市歴史民俗資料館は、羽咋駅から約900m、土蔵のような建物です。

 

 中に入ると、1階ロビーの奥で折口父子の案山子がお出迎え。絶妙に似てますね🤭

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 さて、特別展は2階の展示室で行われています。

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 (今回、スナップ写真に限り撮影可、SNSでの紹介もOKとのことで、展示風景を紹介させていただきたいと思います)

 

 普段の折口父子の展示は、市内の古代の遺跡や神社仏閣の資料に並んで、町にゆかりの人物として墓碑銘や色紙、原稿の複製、手紙などがあるのですが、今回は、部屋の3/4ほどが特別展になっていました。

 

折口信夫の古代とは』

 まず先生の学問とプロフィールの紹介からスタート。春洋さんの生まれ育った羽咋昭和2年に訪れて以来、論文の構想を深め、多くの歌を作り、縁の深い土地になっています。

 藤井家との交流を表すように、短歌やサイン入りの本、短歌の掛軸(万葉仮名の「人も馬も…」がすごい迫力)が展示されていました。

 

 ところで、それらの本や掛軸をはじめ、展示物の多くは元々藤井家にあり、現在國學院大學で管理されているようです。今回の特別展にあたって里帰りしています。

 

折口信夫が見た風景』

 海、タブノキといった羽咋の風景と結びついた折口学。『まれびと』『常世』『生活の古典』といった用語の解説がありがたい。

 そして、たくさん並んだ短冊や色紙は羽咋の風景を詠んだ短歌です。

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 こんなにいっぱい、見たことがない…折口先生自筆…しかも自画像?や鬼のイラスト入りも。鬼が何かを振りかぶって追いかけてくる姿は中々お上手です。

 

 それから今回1番驚いたのは、浴衣! 藤井家滞在中に、藤井家で用意した先生のもの。幅が違う縞を配した、さりげなく洒落たデザインです。春洋さんをはじめ他の学生さんとお揃いの写真が残っています。

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 はぁ…こういうものが現存していたんですね…🥹この浴衣を着て、羽咋の町を歩いていたんだな、と実感しました。

 

『来訪神:仮面・仮装の神々』

 まれびとということで、輪島や能登町で行われているアマメハギの解説と展示が行われていました。アマメとは火だこのことで、それを剥ぎとって怠け者を戒めるためにやってくる神様だそうです。

 鬼の面に蓑、藁の靴という装束が展示されていたのですが、サイズが小さいな、と思っていたら、青年の他、小中学生が扮するとのことでした。

 

『折口博士の能登の旅』

 折口先生が旅した当時の能登の交通事情は、電車は途中まででバスか徒歩しかなく、かなり大変だったみたいです。

 旅先でしたためた掛軸の一つに付け札があり、昭和2年6月に羽咋や七尾を巡った旅の一端が記されていたのですが、『古泉千樫ト共二現代新派歌壇ノ双璧也』と添えられていたりして、どういう状況だったのか、面白い資料でした。

 

『藤井春洋』

 春洋さんの生い立ちの紹介、大学の卒論「記紀二典に現れたる古代生活及び文学意識の展開」、創作ノート6冊など。

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 噂に聞いていた創作ノート! しかも6冊もあったんだ…😲

 ノートは編集され、それぞれ目次とページ数がつけられているそうで、タイトルが書かれていました。特に1~4冊目はその時期の短歌との向き合い方を現わしているようです。

 ・春洋集一 喘ぎつゝ

 ・春洋集二 歩みつゝ

 ・春洋集三 諷ひつゝ

 ・春洋集四 黙しつゝ

 春洋さんの短歌については、折口先生がべた褒めしている通りなのですが、忙しい生活の中で歌を作るのがお好きだったんだろうな、としみじみ。

 

 歌集『鵠が音』関連では、昭和18~19年に『春洋集』から抜き出した草稿(昭和28年発行のものにはない歌あり)、折口先生作の装丁見本(表紙は茶、本文は青い料紙、裏表紙に鵠の絵が描かれている)、検閲を通った原稿。そして昭和28年に実際発行されたものの原稿などがありました。

 

 ところで、春洋さんが通っていた小学校が統合され、その学校だよりは『たづがね』というそうです。

 

 

『春洋と硫黄島の戦い』

 硫黄島の戦いについてや硫黄島に建つ折口先生の碑の写真(さすがに現地に行けそうにないからありがたい)、春洋さんと戦争に纏わる短歌の短冊や色紙など。

 短歌は、春洋さんの徴兵検査の結果に始まり、せめて目が見なくなっていてもいいから帰って来てくれれば、とか、米軍上陸前に硫黄島から帰還した春洋さんの部下に会いに行ったり…ツライ…。

 「硫気噴く島」は草稿か手近にあった紙に書いたのか。この長歌?詩?を読むと、生来の歌人・詩人だったんだろうな、と感じます。

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『折口父子の墓と周年祭』

 自分のために墓は作らないと詠った詩「きずつけずあれ」の後半をしたためた巻子、墓碑銘、墓地の前にある岡野弘彦さんの歌碑銘、周年祭で使われた祭文などがありました。

 周年祭に沢山のお弟子さんが集まる様子や祭壇の写真があったのですが、21日のシンポジウムで伺ったところ、祭壇や周年祭の行事は、お弟子さんたちが独自で考えたものとのこと。シンポの後にご一緒した方も「てっきり地方による風習の違いだと思っていた」…折口先生、次元が違いますね😅

 

羽咋市折口マップ・父子碑めぐりマップ』

 各所を写真で紹介。

 マップについては以下のページにPDFがあります。

www.city.hakui.lg.jp

 

『米津千之旧蔵 折口博士遺墨展示』

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 ニュースになった新資料の初公開です。

 

 これらを保管されていた米津千之さんは、先生の國學院大の教え子で、戦中の一時期、折口家で先生の面倒を見たお一人。102歳まで長生きされたんですね。

 短歌の短冊や色紙、掛軸、中には途中で書き止めたものもあり、いかにも身近にいらした感じがしました。

 歌集未収録の短歌もあり、米津さんのお子さんの誕生に送ったと思われる掛軸は慈愛に溢れていて良かったです。

 また昭和13年郷土研究会、昭和16年日本芸能史の講義ノートもありまして、あー、ノートの続きが捲りたい…!

 

 

 今年は折口先生の没後70年、その中で最大の展示です。

 こんなに大々的な先生の展示を見たのは初めてで、ホント最高です🥹

 展示を通して、折口先生が羽咋の風景や人々に向けた眼差しが伺え、楽しみにしてきた以上のものがありました。ありがとうございました。

 

 なお、会場入口で主な展示物が掲載されたパンフレットが無料で配布されており、その裏表紙にはなんと「折口信夫 くずし字モザイク五十音表(作品から五十音を抜き出し)」! こういうの欲しかったんですよ🤩

(受付で『藤井家所蔵 折口博士遺墨集』という冊子(今回の展示物以外の資料も掲載)も販売されてました)

 

本当に良い展示でしたので、是非😊

特別展『折口信夫がのこしたもの』

令和5年10月14日(土曜日)~11月26日(日曜日) 会期中無休

www.city.hakui.lg.jp