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折口信夫72年祭本祭
さて、翌日は本祭からです。

昨晩の前夜祭と同様に、ビール、お酒、ウィスキーが供えられ、献詠が行われました。献詠の際、春洋さんの歌では『鵠が音』が読み上げられていました。

墓参では、タブの枝を一人1本ずつ頂いて、お墓に向かいました。


供える時はふるふるふると振って土に差します。
その後、小川先生により「きずつけずあれ」が読み上げられました。
ところで…お墓の裏が薮なので蚊が多い😅虫除けスプレーして行ったのに噛まれました…。
羽咋市内案内
文学講座2日目まで時間があったので、父子会の会長さんに市内をご案内いただきました。
千里浜に建つ大伴家持歌碑。歌は万葉集巻17・4025、羽咋を詠んだものです。


赴参氣太神宮行海邊之時作歌一首
之乎路可良多太古要久礼婆
波久比能海安佐奈藝思多理
船梶母我毛 家持
「家持」の文字は直筆とされているものから起こしたそうです。
続いては羽咋高校の校歌の碑と鐘です。


先生が校歌を作詞した際、作詞料を受け取らず、校歌に登場する鐘でも作ってくれたら、と学校に寄付したというエピソードがあります。

記念塔「杜の鐘」は 本校創立五
十周年事業の一環として建設をみた
幾多の変遷の中に光輝ある歴史を刻
んだ半世紀 更に将来の発展は無限
であろう
この「杜の鐘」は 昭和二十六年
制定の現校歌歌詞二連「ひびく 羽
咋の杜の鐘」にちなみ 作詞者折口
信夫博士寄贈によるものである 学
園にとっては いわば警醒の鐘であ
り伝統的な象徴の鐘でもある
将来とも 本校に集い学ぶ若人よ
清らかな響きの伝わるこの一角が
憩いの場として 語らいの場として
更に伝統に思いをひそめる瞑想の場
として活用され 未来の飛躍に役立
つならば幸いである
昭和四十八年十月一日
学校長 美作弘人
折口文学公開講座2日目
日時:令和7年9月3日(水)13時~
場所:コスモアイル羽咋 小ホール
講師:小川直之氏(國學院大学名誉教授)

2日目は小川先生です。今年は短歌のお話。
ところで、折口先生は当時珍しかったカメラをいち早く手に入れ、旅先で採集にまつわる多くの写真を撮っています。(ちなみに柳田先生はあまり撮影されなかったとのこと)
今回は21歳で書いた「和歌批判の範疇」から、折口先生が考える短歌の仕組みについて確認。写真は思索の起点としていたのではないか、というお話でした。
折口先生の短歌評には確固たる鑑賞の基準があるのを感じます。「和歌批判の範疇」はその基準のようなものが伺えますし、短歌が歯車が嚙み合って動く機械のようにも思えてきて、非常に面白い論考です。
今年も多くの参加者があり、両先生の切り口が新鮮で、とても良かったです☺️
「ムー旅 能登・羽咋への旅_コスモアイル」
さて、終わって向かったのは、会場の上。

コスモアイルとムーがコラボ!
スマホにアプリを入れて、解説を聞きながらスポットを巡る企画です。
コースは、「コスモアイル」と「羽咋市広域」があるのですが、今回は「コスモアイル」コースに参加しました。
何度か来ているものの、解説で改めて見るポイントを教えてもらいながら、回りました。
サンダーくんとのコラボグッズもありましたよ。

